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時代を生きる

日曜の午後、私はいそいそとお出かけする準備を始めた。
ぱたぱたと化粧をして、どの服を着て行こうか悩み、支度を終えたのは午後1時半。
待ち合わせの時間より、だいぶ早い身支度完了である。
このくらいの余裕がある方が、今日はいいな、と思い、車に乗り込む。
目的地に向かう途中、国道沿いの大きなお菓子屋で土産物を買う。
新商品のかぼちゃラスクを味見し、その甘さに感動し、かぼちゃ、紅茶、ショコラ、たくさんの味のラスクを買い込む。
さあて、いざ、出発。

30分ほど車を走らせ、何年かぶりに訪れた町を車で一周し、街並みを拝見。
そろそろ時間もいいかなぁ、、、なんて思いながら、小道に入っていく。
いくつかの路地を曲がり、山沿いの細道を進んでいくと、その家はあった。
久々だった。
どの辺りに車をとめようか迷っていると、駐車場にとめてあった車の後ろから、背の高い男性が現れる。
おっ!あっくんだ。
彼は、しばらく私の顔をみつめ、思い出したといわんばかりに、あわてて挨拶する。「あぁ、久しぶりです。」
う~ん、相変わらず、優しい笑顔が素敵である。
「こんにちはぁ~」
と、愛想良くいってみると、家の奥から、髪の長いさ~ちゃんが現れる。
「おっ、こんにちは!どもども!久しぶり。」
う~ん、さ~ちゃんは、いくつになっても綺麗だ。私より6歳年上の従妹さ~ちゃんと、彼女の年下の旦那さん、あっくん。私の親族の中で、たぶん一番、美男美女の二人。となると、彼女たちの子供らはというと、ほんとにかわいい。小学三年生の男の子、三歳になる女の子。
ちょこちょこと私の前に現れ、誰だ、このおばさん?という顔で、でもニコニコとして近寄ってくる。
「ありゃりゃ、おっきくなって!はい、お土産!」
「ありが、と!」

そう、私は、母の実家にやってきた。
ばっちゃを迎えるために。
今日は、ばっちゃを車にのせて、二人でお出かけするのだ。
仏壇に線香をあげて、小一時間ほどお茶を飲み過ごす。ばっちゃの出かける支度も整ったところで、いざ出発。
向かった先は、町のコンサートホールだった。

先ほど下見をしたので、迷わずにホールに到着した。
開場の時間に合わせてきたのだが、どうやら一番のりで会場入りしたらしい。
コンサートのステージ前には、たった100席程度しかない椅子が半円形状に並べられていた。指定席ではなく、自由に席を選べるシステム。我々は、まず席を二人分確保し、いざ、スウィーツコーナーヘ。
そう、このコンサートは、フルーツライブ(?)というのか、おいしいスウィーツとお茶を楽しみながらの、ゆったりとした催しなのである。
我々は、メロンのムースをセレクトし、コーヒーを飲みながら、開演までのゆっくりとした時間を過ごす。
うん、なかなか良い企画ではないか、これは。。。

そう、そこまでは順調だった。
85歳になるナガコばっちゃとともに、再び席につき、携帯電話をマナーモードにしようとしたのが、開演30分前。すると、ばっちゃが言ったのだ。

「ちょっと、肌ざむいから、上着買いさいぐべ。」

買う?

・・・・・・

「ん?んじゃ、家さ帰っか?その方が早いべ。」

「いやいや、買う方が早い。すぐちがくさよ、いっつもいってだ服屋さんあっから、そごさいぐべ。」

(-"-)

ま、ま、間に合うのか?
老人に、30分以内に買い物して帰ってくる素早さがあるのかい?
さまざまな不安が頭をよぎったが、私は、このコンサートを見るより何より、今日はばっちゃと過ごすことが一番大事と思っていたので、その申し出を受けることにした。

「んじゃ、いぐべ。急ぎましょう。」

我々は会場を足早に抜け出し、入口でばっちゃを待たせ、
駐車場にある私の車を猛スピードで会館の玄関に横付した。
ばっちゃを急いで乗り込ませ、急発進!
しかし、私はストレンジャーだった。その街、よくわからんのよね、実は。
ばっちゃの道案内に頼るしかない。
「どごさあんなや?その店。」
「こごまっすぐいってよ、その信号まがったらよ、次の信号で右。」

指示どおりに車を走らせる。
焦って無言になる私をよそに、ばっちゃは、”その服屋にはいかにいろんな服が揃っているか”を説明しはじめる。町中のじじばばぁ、いや、ナイスミドル達が集まる店らしい。

「あら、間違えた」

やっぱり・・・・(+_+)

なんとなく、予感はしたんだ、すぐには到着しないだろうってさ。

何回か、小道Uターンを繰り返した後にたどり着いた、町の呉服店。
ばっちゃは、すぐ服を選べばいいものを、”この前の福引で「山本良子」さんが当選していたみたいだが、それは名前の間違いで、本当は私ではないのか?”と店員さんに話し始めた。
焦った私は、その話をばさっと切る。
「これから5時開演のコンサートをあそこのホールでみるんですけど、空調が寒かったんで抜け出してきた。急いで戻りたい。」旨を店員さんに伝える。
すると、店員さんはさらに焦り、
「これ、どうだい?」と、適当に商品を選ぶ。
って、いくらなんだい?と値札をみると、薄手のジャケットが2100円。安い・・・。
「これ、いいね、これいい!これにすっぺ。」
急いで試着させ、サイズが合うのを確認すると、似合うとかそんなんはどうでもよく、早く支払いを済ませてくれることを願う。
「はい、んじゃ、これにするは。ほんとはよ、今日きているこの七分袖の服はアンサンブルで、揃いの上着が家にあるんだけど、家まで戻っていたら・・・・」

いつまでも、永遠に話そうとするばっちゃを無理やり連れ出そうとする。

「あ、そういえば、下着もほしがたんだ~、ばっちゃ。これも、買わんなね。」

・・・(T_T)

「あと10分しかないよ。いぐべ!」

「あら、んだが、んだが。んじゃ、いぐが。どおもなぁ~、また来ますぅ!」

うん、うん、またにして。

今日はこれから、津軽三味線なんだから。

そう、我々は、「津軽のしらべ」なるコンサートを楽しむ予定だったのである。

ハリウッド映画の主人公が、敵から逃れる為に、街中を猛スピードで駆け抜けるカーレースのごとく、疾走!!!
「あそこの服屋は、なんでもあって、家までタクシーで迎えにきてくれたりするから、私の服は全部あそこで買うんだ。」
と、ゆっくり説明してくれるばっちゃの体も、猛スピードの車の遠心力で横揺れしていた。右にいったり、左にいったり・・・。幾つかの黄色信号をこえ、スーパーヤマザワに入ろうとする車たちの渋滞もすりぬけ、やっと到着。

開演、3分前。

すげえ、あたしら。。。

って、すげえ、あたし(-。-)y-゜゜゜

で、何事もなかったように隣に座るばっちゃは、入口で渡されたアンケート用紙をじっくり見つめ、「このアンケート、年代が60歳代までしかないなぁ。ばっちゃ、80歳代だけど」と、ちょっとした不満などを述べている。
よしよし、それはアンケートを作った主催者が駄目だね。いっとくよ、U社長に(その人がこのコンサートのチケット下さった方なんすけどね)。。。とか思いながら、幕があがる。

津軽を活動の拠点としている「白神」のリーダー、鳴海昭仁さんのライブ。

鳴海さんの横笛に、白神メンバーである女性ピアニストも加わってのオープニング。
しっとりとした音色に、「和」を感じる。

続くは、力強い津軽三味線。いくつかの津軽スタンダードナンバーに加え、白神オリジナルの曲もあったりして、、、

とても贅沢な音の数々。

まさに東北の音。

即興で繰り広げる旋律の、荒々しさ、

打楽器のようにバチを鳴り響かせる、その力強さ。

そして、究極の物悲しさ。

どんよりとした暗い空や、しんしんと降り積もる雪、荒々しい日本海の高波が、容易に心に浮かびあがる。

悲しいけど、さみしいけど、エネルギッシュ。

一昨年の秋に、弘前で過ごした夜を思い出した。
あの夜、弘前の居酒屋で、地元の料理を楽しんでいた時に、店の店主がおもむろに三味線を抱き抱え、小上がりをステージにしバチを鳴らし始めた。すると、カウンターで静かに飲んでいた一人の若者が、座敷の奥にあった三味を手に取り、店主の隣に座って、同じくかき鳴らしはじめた。
びゃん、びゃん、びゃん、びゃん・・・・
と、二人で鳴らし始めた調律の音。
その調律の音が一番高音になった次の瞬間、
二人が息を合わせて演奏をスタートさせる。
鳥肌が立つ瞬間だった。
小さな居酒屋が、一瞬にしてライブハウスになり、客達は箸を休め、彼らの演奏に聴き入る。
感動した。
涙がでるくらい。
津軽の音は、すごい。
心の、せつない、敏感な部分を震わせる。

あの夜に聞いた素朴な音と比べれば、今日の演奏はもちろんステージ向きであり、華やかなものだった。しかし、その奥底に流れる「音の魂」というのか、音の根源は、あの時も、今日も同じ。津軽の音は、赤くて黒い。
情熱的で、強烈で、とげとげしくて、暗く、深く、冷たい。

鳴海さんは、とても芸達者で、津軽三味線はもちろん、横笛、尺八、オカリナ、口笛(山バトの真似はすごかった。まさに本物の鳩のよう!)などなど、、、様々な音を奏でてくれた。

小さなステージだったけど、たっぷりと音を楽しむことができて、、、

あ、いけない、、、

隣に座っているばっちゃを忘れていた。

と、

横をそっと見ると、おりこうさんにしてステージをみている。
あ、いや、おりこう、ではないか。

鳴海さんのMCがはじまると、私にひそひそ話しかけたり、なんだりかんだり。

曲に合わせて、静かに手拍子したり、笑ったり。。。

楽しんでくれているかな?ばっちゃも。

感動してくれているかな?ばっちゃも。

ばっちゃは、、、

一度も会ったことがない、顔もみたことがない、

という人に嫁いだ。

そんな時代を生きた人だ。

嫁いだ先は、大きな地主だった。
当時、山際にあるその家から、数キロ離れた駅まで、人の土地を歩くことなく辿り着いたそうだ。
夫となった人は、7歳も年上で、ばっちゃのことを子供のように扱ったらしい。まあ、若いばっちゃが可愛かったんだろうな。
戦争がはじまり、じっちゃは、東南アジアの戦地へ向かった。
マラリヤという病気にかかって、帰国した。
しばらく、数年床に伏して、母が高校生の時に亡くなった。
私がじっちゃの写真を見たことがあるのは、一枚だけ。馬にまたがり、胸に幾つもの勲章みないなものをぶらさげて、堂々とした風格の男性。モノクロの写真だったので、あまりはっきりしたイメージでは覚えていないが、でも、とても優しそうな男性だった。それが、私のじっちゃ。

じっちゃを亡くし、ばっちゃは、女手一つで、三人姉妹を育て上げた。


私の幼い記憶だが、そのことを、父方の照ばあさんは、すごく褒めていた。
「ナガコばっちゃは偉いんだ。すごいんだ。」
小さいながらに、私は、強い人なんだろうな、、、と思っていた。


今になって考えると、

もし、私の愛する人が戦地に向かったら、

それだけで、気が狂いそうだ。

そして、幼子3人を残して、旦那様が先立ったら、、、、

・・・・泣いている暇なんて、無い。泣きたくても、必死になって、子供らを育てることになるだろう。

やっぱり、すごいよ、ナガコばっちゃは。


以前、ナガコばっちゃが、県知事から表彰された時があった。
戦争で夫をなくした妻がもらったか、なんだったか、忘れたけど、
とにかく、がんばったねっていう賞状。

その表彰を受けた時、ばっちゃは私にいった。

「ばっちゃはな、今回県知事さんに言われたこと、ばっちゃも本当にそう思うよ。
『天は二物を与えず』ってな。
全てが幸せな人なんて、いない。
ばっちゃはな、辛いこともあったけど、幸せなこともあった。
幸せなことばっかり、なんて無いし、辛いばっかりでもない。
だから、がんばって生きなきゃならない。」

当時、まだ子供だった私だけれど、その素朴な言葉に対して切なさを感じだ。

この人の苦労に対して、賞状が贈られたんだな。。。って。





30年しか生きていない私なんかより、たぶん何倍もいろんな時代を生きたばっちゃ。

今日の、この音色を、どんな想いで受け止めているのだろう。。。



ちっさなコンサートは、とても温かな雰囲気で盛り上がり、アンコールもあったりで、予定より15分もすぎて終焉。

とても素敵なコンサートだった。

せっかち(?)なばっちゃは、というと、

「ヤマザワさ、寿司頼んでだがら、とりにいがんなね。さ、急ぐべ」

と、ちょこちょこと足早に歩き始めた。

ふむ、、、

余韻に浸ってる時間もなさそうだ。

その後、我々は、ばっちゃの愛するスーパーヤマザワに向かい、
注文していた寿司をうけとり、帰宅。
おじちゃん、おばちゃん、ばっちゃ、そして私の4人で、晩御飯に寿司を頂いた。
私が来る、ということで、いろんな準備をしていてくれたおばちゃん達に感謝。
気をつかって、いろんな話をしてくれたおじちゃんにも感謝。
そして、最後は小遣いまでくれたばっちゃに、感謝。

久々に、というか、たまにばっちゃ孝行しなきゃなぁ、、、

なんて思って、誘ったコンサートだったけど、

ばっちゃ孝行どころか、お世話になりっぱなしで、

幾つになっても、孫は孫、
姪っ子は姪っ子。
みんなにとって、私は「おぼご」のままなんだなぁ、、、と思った夜(笑)。

私が高校生の時、テルばあさんが亡くなり、
一昨年の冬、K郎じいさんが亡くなり、続いてハツエさんも亡くなった。

ナガコばっちゃが最後なんだ。
私にとっての、ばっちゃ、ナガコばっちゃが最後なんだ。

なんとなく、一緒にいなきゃいけないと思った。
一緒にいたいと思ったんだ。ナガコばっちゃの為というよりは、私の為に。

何もしなければ、ただ過ぎ去る時間を、
大切な1頁にするために、

私が32歳の時、ばっちゃと行ったコンサートを記憶に残すために、

私は会いに行った。

私の人生の中で、ばっちゃと過ごした日。
ばっちゃと過ごした時代。

大切に、時代を生きる。

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コメント

大作ですね。
とても面白く読みました。
とことん刹那の時を大事にするばっちゃね。
あたしもそのばっちゃに会いたいわ~。

漫画「夏子の酒」の続編で「奈津の蔵」という作品があるのだけど、ばっちゃの人生は、その主人公、奈津にとてもよく似ているから、びっくりしたわ。
顔も知らない人の家に嫁ぎ、夫を早くになくし、ひとりで子供を育て上げる人生。
奈津が実在したのかと思ったくらいよ。
でも、あたしたちが知らないだけで、当時の女性の人生としては、多かったのかも知れないわね。
「奈津の蔵」もしも機会があったら、あなたも読んでみるといいと思うわ!

投稿: takeko | 2008年7月 7日 (月) 22時46分

takekoさん、こんばんは。
今度山形に遊びにくることがあれば、ばっちゃのもとに連れて行くわ!
「yukiのこと、よろしくな。」と私との結婚をせがんでくると思うけど。
この前も、会社のイベントに来てくれたばっちゃは、私の隣に立っていた男性社員にほれ込み、その人と結婚することだけを望んでいるの。ほんと、困ったものだわ。
「その人は、気が弱い人だから、ダメなの。」
と、私が適当に言ったら、
「おまえが気が強いから、ちょうど良いごで。」
と、言っていたわ。
でも、こうもいってた。
「女性は気が強くないと、生きていけない。
でも、旦那さまのことを立てていかないと、結婚生活はうまくいかない。
おまえのお母さんや、おばちゃんのこと、みてみろ。
二人ともしっかりしったけど、お父さんやおじちゃんの話をちゃんときいったべ。
家の中で、旦那さんに対等に意見していったら、まとまるものもまどまんね。
一歩ひいて、よ。
夫婦は、どっちかが、一歩さがんねど、ダメなんだ。・・・
ま、あの人の気が弱いなら、おまえが主導でいげばいいごで。」

・・・・・・

私だって、一歩どころか、二歩も三歩もひいた奥さんになれると思わない?takekoさん。

投稿: yuki | 2008年7月 9日 (水) 22時20分

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